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東京高等裁判所 平成7年(行ケ)258号 判決 1997年10月09日

福岡県福岡市東区箱崎ふ頭3丁目1番35号

原告

昭和鉄工株式会社

代表者代表取締役

水口敬司

訴訟代理人弁護士

大場正成

近藤恵嗣

城山康文

弁理士 神田藤博

上記大場・城山・神田訴訟復代理人弁護士

鈴木修

大阪府大阪市港区波除6丁目1番30号

被告

株式会社大一

代表者代表取締役

西井弘和

訴訟代理人弁理士

野間明

北谷寿一

主文

1  特許庁が平成7年審判第1019号事件について平成7年9月14日にした審決を取り消す。

2  訴訟費用は被告の負担とする。

事実

第1  当事者が求める裁判

1  原告

主文と同旨の判決

2  被告

「原告の請求を棄却する。訴訟費用は原告の負担とする。」との判決

第2  請求の原因

1  特許庁における手続の経緯

被告は、名称を「減圧ボイラの自動抽気方法と自動抽気装置」とする特許第1606194号発明(以下、「本件発明」といい、本件発明の特許を「本件特許」という。)の特許権者である。なお、本件発明は、昭和55年5月30日出願の昭和55年特許願第73445号から、適法に分割出願された昭和62年特許願第112054号に係るものであって、平成2年7月3日に出願公告(平成2年特許出願公告第29921号)、平成3年5月31日に本件特許の設定登録がなされたものである。

原告は、平成7年1月12日に本件特許を無効にすることについて審判を請求し、平成7年審判第1019号事件として審理された結果、平成7年9月14日、「本件審判の請求は、成り立たない。」との審決がなされ、その謄本は同月27日原告に送達された。

2  本件発明の要旨(別紙図面A参照)

(1)特許請求の範囲1に記載されている発明(以下、「本件第1発明」という。)の要旨

減圧ボイラ1のボイラ本体1a内の液相部の熱媒液を加熱装置2で加熱蒸発させて、その蒸気を気相部に循環して供給し、気相部に設けた熱交換器3に加熱負荷器4内の負荷液体を循環して、気相部の蒸気の熱で負荷液体を加熱し、また、ボイラ本体1a内の気相部に非凝縮気体が所定量以上に溜ったときに、抽気装置Eを作動させて、非凝縮気体をボイラ本体1a外に排出するようにした減圧ボイラの自動抽気方法において、加熱装置2で熱媒液を加熱状態にし、熱媒液の液温と熱交換器3から出た負荷液体の液温との液温差が、設定液温差△T以上になったときに、抽気装置Eを作動させることを特徴とする減圧ボイラの自動抽気装方法

(2)特許請求の範囲9に記載されている発明(以下、「本件第2発明」という。)の要旨

減圧ボイラ1のボイラ本体1a内の液相部の熱媒液を加熱装置2で加熱可能に構成し、ボイラ本体1a内の気相部に設けた熱交換器3に加熱負荷器4を液体循環路3aで連通連結し、ボイラ本体1a内の気相部に溜る非凝縮気体を抽気装置Eでボイラ本体1a外に排出可能に構成した減圧ボイラの自動抽気装置において、ボイラ本体1a内の熱媒液の液温と熱交換器3から出た負荷液体の液温との液温差を差温検出装置10で検出可能にし、差温検出装置10を抽気制御装置8に入力回路として接続し、抽気制御装置8の出力部を抽気装置Eの入力用スイッチ接点X2に接続し、抽気制御装置8は、差温検出装置10で検出した液温差が差温検出装置10に設定した設定液温差△T以上になったときに、抽気装置Eの入力用スイッチ接点X2をONして抽気装置Eを抽気作動するように構成した事を特徴とする減圧ボイラの自動抽気装置

3  審決の理由の要点

(1)本件第1発明及び本件第2発明の要旨は、前項記載のとおりと認める。

(2)原告の主張

本件発明は、本件特許出願前に日本国内において頒布された昭和52年特許出願公告第47083号公報(以下、「引用例1」という。別紙図面B参照)及び米国特許第3、815、552号明細書(以下、「引用例2」という。別紙図面C参照)記載の各発明に基づいて当業者が容易に発明をすることができたものであり、本件特許は特許法29条2項の規定に違反してなされたものであるから、同法123条1項1号の規定により無効とされるべきである。

(3)判断

<1> 引用例1について

引用例1には、特許請求の範囲の欄に、

「密閉容器2内に封入された熱媒液1の加熱により高温蒸気を発生させて、その高温蒸気により被加熱物を加熱すべく構成された減圧式蒸気発生器であって、ガス溜室6と前記密閉容器2とを比較的小径の導管8により連通連結し、前記ガス溜室6内のガスを吸引排出する第1状態と、前記ガス溜室6と大気空間とを密閉遮断する第2状態とに切断可能なガス排出装置13を前記ガス溜室6に付設し、前記ガス溜室6内の温度を検出する測温装置15を設け、前記測温装置15の検出温度が設定値以下になると、前記排出装置13が前記第1状態になると共にその状態が適宜時間維持され、かつ前記第1状態の維持期間以外において前記排出装置13が前記第2状態に維持されるべく構成してある事を特徴とする減圧式蒸気発生器。」と記載され、その実施例が第1~3図に示されている。そして、第1~3図には、これらに関する記載事項を参酌すると、熱媒液1を加熱する加熱装置3が設けられ、容器2内に発生する高温蒸気によって給湯用熱交換パイプ4及び暖房用交換パイプ5内の水が加熱されるとともに、ガス溜室6の下部及び容器2の下部にそれぞれ測温装置15、16が設けられたものが記載されている。また、「熱媒液1の加熱に伴って発生する水素ガス、あるいは(および)、容器2内に流入する大気中の非凝縮ガスを、前記ガス溜室6に送るべく構成してある。」(4欄1行ないし4行)、「容器2内とガス溜室6下部との温度差が設定値以上になり、かつ、容器2内の圧力が設定値以上になると、電磁弁11が開かれると共に、真空ポンプ12が作動し、もって、排出装置13が前記第1状態となって、ガス溜室6内の非凝縮ガスが吸引排出される。」(4欄24行ないし29行)との記載もある。なお、この測温装置16は第4図に示される「測温装置16」との関係において熱媒液1の温度を測温するものと推認できるものであり、測温装置15は容器2内に発生する非凝縮ガスの温度を測定するものと認められる。

引用例1記載の発明と本件発明とを比較すると、引用例1記載の「ガス排出装置13」は本件発明の「抽気装置E」に相当するが、これを作動させる方法・装置について、引用例1には「容器2上部にガス溜室6を設け、測温装置15、16にて熱媒液1の温度とガス溜室6の非凝縮ガスの温度を測温し、これらの温度差が設定値以上になったとき作動させる」ものが記載されていると認めることができるが、本件発明のような「熱媒液の液温と熱交換器3から出た負荷液体の液温差が、設定液温差△T以上になったときに作動させる方法」(以下、「本件第1発明の方法」という。)、及び、「ボイラ本体1a内の熱媒液の液温と熱交換器3から出た負荷液体の液温を検出可能な差温検出装置10を設け、この検出装置10の検出した液温差が設定液温差△T以上になったとき作動させる装置」(以下、「本件第2発明の装置」という。)は記載されておらず、またこれらを示唆する記載もない。

<2> 引用例2には、「1以上の液体を加熱するための負圧蒸気装置の負圧を発生、維持又は回復する方法及び装置」が記載され、第1図に関連して、「図面を説明すると、事例として第1図に描かれた温水器は、適当な熱源1、例えば、ガスにより加熱される燃焼区画2、即ち燃焼室2を含む。熱エネルギーの供給は、加熱エネルギーゲート、即ち加熱エネルギー弁HESにより制御される。燃焼区画2は、排気された容器4の最下部により形成され、容器4の最下部は、水3で満たされ、容器4の蒸発区画5に、循環ポンプPを備えた循環加熱器の熱交換器6が配置される。」(5欄57行ないし67行)、「排気された容器4内に小さな負圧が存在する場合は、ガスクッション8が蒸気区画5の最上部に生ずる。このガスクッション8は、主に空気から成るが、また排気された容器4の壁材料と水の化学分解からの水素を含み得る。この箇所および必要に応じ蒸気区画の他の箇所が、換気弁EVに接続される。(中略)負圧状態に基づいて排気作動を制御するため、図示する箇所に、測定値送信器又はセンサーGⅠ及びGⅡが設けられ、また、測定値送信器GⅡとして作用可能な圧力制御器DBが設けられる。排気作動を終了させるためリセット測定値送信装置RGが設けられる。」(6欄24行ないし44行)と記載され、第3図に関して、「第3図に簡単で安価な自動的に運転される回路が記載され、その回路において循環加熱器により引き出される熱エネルギーは、絞られない。この回路は、2個の測定値送信器GⅠ及びGⅡの測定値に基づいて運転される。GⅠは、ガスクッションの生じる箇所に配置され温度に依存し、GⅡはガスクッションが生じない箇所に配置され温度又は圧力に依存する。第3図の回路は、次のように機能する。負圧が小さい場合、水3と負圧容器の上部との間に温度差が存在する。この温度差は、負圧が小さければ小さいほど大きくなり、そして排気された容器4の上方における空気クッション8により生じる。この温度差は、2個の別個の測定値送信器GⅠ及びGⅡにより自動的排気作動の制御のために使用される。例えば、負圧が小さいとき、上方において95℃未満の温度が広がり、測定値送信器GⅠは閉じ続ける。測定値送信器GⅡは、排気された容器4の温度若しくは圧力を測定し、サーモスタット若しくは圧力スイッチであることが可能である。任意に加熱の段階、例えば、湯沸器の加熱中において、GⅡは100℃若しくは1気圧に達すると閉じる。」(7欄43行ないし8欄10行)、また、第4図に関して、「測定値送信器GⅠ及びGⅡは、第3図の回路における場合と同様に配置され同様の態様で作動する。GⅠ及びGⅡが閉じられるとリレーRが付勢される。」(8欄34行ないし38行)と記載されている。

したがって、引用例2の第3・4図に示されている構成は、非凝縮ガスである空気クッション8の箇所の温度がある温度(例えば、90℃)未満になり、しかも容器4内の空気クッション8以外の箇所の温度がある温度(例えば、100℃)になったとき、換気弁EVが自動的に開き容器4内の非凝縮ガスを排出するものと認められる。

また、「このように、負圧状態の測定値として、2つの温度の変動が使用でき、そのうち1つが、排気された容器内の非凝縮ガスのクッションが生じ得る箇所において測定され、他方が、そのようなクッションの生じない箇所において測定され、又は、熱交換器により加熱される液体、特に循環加熱器の還流液の温度、に対する熱媒液の温度の関係を使用することができる。そのような場合、適当な箇所に配置される2個の感温器が具備される。」(4欄59行ないし5欄3行)と記載され、9欄55行ないし12欄47行までにクレームされた事項(特に、第1、7、12ないし14、22、23、27、28、31、32項参照)をみると、熱媒液の温度を測定する感温器と循環加熱器の還流液の温度を測定する感温器とを設け、これら感温器は前記の測定値送信器を構成するものであって、これらの測定値の所定境界値を超過又は下回ると自動的に排気作動を開始する手段を備えるものが記載されていると認められる。

ところで、引用例2には、第3図に関する「負圧が小さい場合、水3と負圧容器の上部との間に温度差が存在する。この温度差は、2個の別個の測定値送信器GⅠ及びGⅡにより自動的排気作動の制御のために使用される。」旨の記載、「その他の可能性は、GⅠと同じくGⅡを温度感知の測定値送信器とし、GⅠとGⅡを排気された容器4の上部に配置することである(点線で示すGⅡの位置)。良好な負圧がある場合は、GⅠとGⅡは蒸気中にあり、同じ温度を記録する。もし負圧が小さくなればなるほど、ガスクッションがより大きくなり、上方の測定値送信器GⅠは、ガスクッションにより取り囲まれて温度が降下するが、下方の測定値送信器GⅡは変化しない。GⅠとGⅡの間に生ずる温度差により、例えば、差動サーモスタットにより、換気のためいずれかの回路ヘスイッチパルスを送ることが可能である。負圧が小さくなればなるほどガスクッションはそれだけ大きくなり、ガスクッションが下方の測定値送信器GⅡを取り囲み、それによりGⅠとGⅡの温度差は再びなくなる。この動作は、制御のために使用可能である。加熱状態で負圧が十分ある場合、GⅠとGⅡの温度差及びその補償が、排気作動の開始を生ずる。」(9欄17行ないし47行)との記載、及び、前記の「熱媒液の温度を測定する感温器と循環加熱器の還流液の温度を測定する感温器とを設け、これら感温器は前記の測定値送信器を構成する」旨の記載があるが、これらの記載からは、直ちに、換気弁EVを作動させるための本件第1発明の方法及び本件第2発明の装置が引用例2に記載されているとは認められない。

すなわち、第3図に記載されている技術は、水(熱媒液)と容器上部(ガスクッション部)の温度を測定するもので、熱媒液の温度が設定温度に達し、しかもガスクッション部の温度が設定温度未満になったとき、換気弁EVが開くものである。また、前記「GⅠとGⅡの間に生ずる温度差により、例えば、差動サーモスタットにより、換気のためいずれかの回路ヘスイッチパルスを送ることが可能」なものは、ガスクッション部の温度と容器4の上部であって、ガスクッション部以外の温度との差をみるものであり、熱媒液の温度と循環加熱器の還流液の温度との差をみることについては記載もなく、また示唆もない。さらに、前記「熱媒液の温度を測定する感温器と循環加熱器の還流液の温度を測定する感温器とを設け、これら感温器は前記の測定値送信器を構成する」旨記載されたものは、前記のように「これらの測定値の所定境界値を超過又は下回ると自動的に排気作動を開始する」ものであって、これらの温度差によって排気作動を開始するものではない。

そうすると、これらの記載から、本件第1発明の方法及び本件第2発明の装置が、引用例2に記載されているとは認めがたい。

なお、前記4欄59行ないし5欄3行の「熱交換器により加熱される液体、特に循環加熱器の還流液の温度、に対する熱媒液の温度の関係を使用することができる。」との記載は、これに関連する記載が前記のクレーム以外に存しないから、「これらの測定値の所定境界値を超過又は下回ると自動的に排気作動を開始する」という関係においてしか理解できず、この記載を考慮しても、引用例2に本件第1発明の方法及び本件第2発明の装置が記載されていると認めることはできない。

そこで、引用例2記載の発明と本件発明とを比較すると、引用例2記載の「換気弁EV」は本件発明の「抽気装置E」に対応するが、これを作動させる方法及び装置について、引用例2には「非凝縮ガスである空気クッション8の箇所の温度がある温度(例えば90℃)未満になり、しかも容器4内の空気クッション以外の箇所の温度がある温度(例えば100℃)になったとき、換気弁EVが自動的に開き容器4内の非凝縮ガスを排出するもの」、「熱媒液の温度を測定する感温器と循環加熱器の還流液の温度を測定する感温器とを設け、これら感温器は前記の測定値送信器を構成するものであって、これらの測定値の所定境界値を超過又は下回ると自動的に排気作動を開始する手段を備えるもの」、及び、「ガスクッション部と容器4の上部であってガスクッション部以外の温度差により、例えば差動サーモスタットにより、換気のためいずれかの回路ヘスイッチパルスを送るもの」が記載されていると認めることはできるが、本件第1発明の方法及び本件第2発明の装置が記載されているとは認めがたい。

<3> 以上のように、引用例1及び引用例2には、抽気装置の作動について本件第1発明の方法及び本件第2発明の装置は記載されていない。

そして、本件発明は、上記の各構成を有することによって、本件明細書記載の格別の効果を奏するものである。

(4)したがって、原告が主張する理由及び提出した証拠方法によっては、本件発明が特許法29条2項の規定により特許を受けることができないとすることはできないから、本件特許を無効にすることはできない。

4  審決の取消事由

各引用例には審決認定の技術的事項が記載されていることは認める。しかしながら、審決は、各引用例記載の技術内容を誤認した結果、本件発明の進歩性を肯定したものであって、違法であるから、取り消されるべきである。

(1)引用例1記載の技術内容について

審決は、引用例1には本件第1発明の方法あるいは本件第2発明の装置は記載されておらず、示唆もされていない旨説示している。

しかしながら、引用例1には、その発明の実施例の説明として、「(1)容器2内とガス溜室6下部との温度差が設定値以下であ(中略)る場合、(中略)排出装置13は前記第2状態を維持する。(2)容器2内とガス溜室6下部との温度差が設定値以上にな(中略)ると、(中略)排出装置13が前記第1状態となって、ガス溜室6内の非凝縮性ガスが吸引排出される。」(4欄19行ないし29行)と記載されており、測温装置16によって検出される熱媒液の液温と、測温装置15によって検出されるガス溜室6下部の温度との温度差に基づいて減圧ボイラを自動抽気する技術(以下、「引用例1の実施例技術」という。)が記載されている(別紙図面B参照)。

そこで本件発明と引用例1の実施例技術とを対比してみると、両者は、熱媒液の液温と比較されるべき温度が、本件発明では「熱交換器から出た負荷液体の液温」であるのに対し、引用例1の実施例技術では「ガス溜室下部の温度」である点において相違するにすぎず、その余の点は全く一致している。そして、引用例1の実施例技術において「ガス溜室下部の温度」が熱交換率低下の指標として捉えられていることは明らかであるが、熱交換率が低下すれば負荷液体の液温が低下することは当然であるから、「熱交換器から出た負荷液体の液温」が、より直截に熱交換率の低下を示すことは技術的に自明である。したがって、引用例1の実施例技術の「ガス溜室下部の温度」を、「熱交換器から出た負荷液体の液温」に置き換えることは、当業者ならば容易に想到し得た事項にすぎない。

この点について、被告は、本件発明は「熱交換器を循環する負荷液体の流量が負荷によって刻々変化する減圧ボイラ」を対象とするものであるが、このようなタイプの減圧ボイラにおいて熱媒液の液温と比較されるべき温度を「熱交換器から出た負荷液体の液温」とする構成を得るためには、「負荷液体の循環流量の増減等、熱交換率の低下以外の原因で負荷液体の温度が低下する場合、これに対応して熱媒液温度も低下し、両者の温度差はほとんど変化しない」という斬新な知見を有することが必要である旨主張する。

しかしながら、本件発明が対象とする減圧ボイラが「熱交換器を循環する負荷液体の流量が負荷によって刻々変化する減圧ボイラ」に限定されることは、本件発明の特許請求の範囲に記載されておらず、被告の上記主張は本件発明の要旨に基づかないものである。そして、「熱交換器を循環する負荷液体の流量が負荷によって刻々変化」しない減圧ボイラについてみれば、引用例1の実施例技術の「ガス溜室下部の温度」を「熱交換器から出た負荷液体の液温」に置き換えることの想到容易性は明らかである。さらにいえば、「負荷液体の循環流量の増減等、熱交換率の低下以外の原因で負荷液体の温度が低下する場合、これに対応して熱媒液温度も低下し、両者の温度差はほとんど変化しない」という知見は、本件特許出願前に公知の事項にすぎず、引用例1記載の発明も当然このことを前提としている(すなわち、負荷液体の流量が増加して熱交換器から出た負荷液体の液温が低下し、熱媒液と負荷液体の温度差が拡大したときは、熱交換が良好に行われている限り、より多くの熱量が熱媒液から負荷液体に移動する結果、当初の温度差を回復するに至ることは明らかである。)。したがって、「熱交換器を循環する負荷液体の流量が負荷によって刻々変化する減圧ボイラ」についても、引用例1の実施例技術の「ガス溜室下部の温度」を「熱交換器から出た負荷液体の液温」に置き換えることは、当業者ならば容易に想到し得た事項というべきである。

なお、審決は、本件発明は本件明細書記載の格別の効果を奏する旨説示している。

しかしながら、本件発明の構成のみでは、多量の負荷液体が急激に供給された場合に設定液温差△T以上の液温差を検出することが避けられないし、抽気終了の条件が規定されていないので、抽気の断続が頻繁に行われるおそれがあるから、審決の上記説示は当たらない。

(2)引用例2記載の技術内容について

審決は、引用例2にも本件第1発明の方法あるいは本件第2発明の装置が記載されているとは認めがたい旨説示している。

しかしながら、引用例2には、審決も認定しているとおり、「循環加熱器の還流液の温度を測定する感温器であって、該感温器は測定値送信器を構成し、測定値の所定境界値を超過または下回ると自動的に排気作動を開始する手段を備えるもの」が記載されている。したがって、そのような「感温器」を引用例1の実施例技術に適用して、本件第1発明の方法あるいは本件第2発明の装置に想到することは、当業者にとって容易な事項にすぎない。

この点について、被告は、引用例2記載の発明の「熱媒液の温度の所定境界値」と「循環加熱器の還流液の温度の所定境界値」はそれぞれ固定的に設定され、熱媒液の温度の測定値がその所定境界値を超過し、かつ、循環加熱器の還流液の温度の測定値がその所定境界値を下回ったときにのみ、抽気作動が開始されるものであるから、熱媒液の液温と熱交換器から出た負荷液体の液温との「温度差」に基づいて抽気作動を開始する引用例1の実施例とは技術的思想を異にする旨主張する。

しかしながら、引用例2には、「負圧状態の測定値が予め決められた境界値を超えるか又は境界値を下回るとき排気作動を自動的に開始する。」(4欄38行ないし49行)、「負圧状態の測定値として、負圧容器の空気量が使用できるが、その代わりに、負圧容器内の温度状態又は圧力状態の使用が有利である。」(同欄51行ないし58行)、「負圧状態の測定値として、2つの温度の挙動、又は、熱交換器により加熱される液体の温度に対する熱媒液の温度の関係が使用でき、熱交換器により加熱される液体の温度としては、特に、循環加熱器の還流液の温度が使用できる。」(同欄59行ないし5欄3行)と記載されている。

そして、上記「負圧状態の測定値」が原文において単数(the measurement value for the state of vacuum)で記載されていることから明らかなように、「循環加熱器の還流液の温度に対する熱媒液の温度の関係」とは、2つの温度から導き出される1つの値であるが、この「1つの値」として「温度差」を選択することは極めて自然であるから、被告の前記主張は当たらない。

第3  請求原因の認否及び被告の主張

請求原因1(特許庁における手続の経緯)、2(本件発明の要旨)及び3(審決の理由の要点)は認めるが、4(審決の取消事由)は争う。審決の認定判断は正当であって、これを取り消すべき理由はない。

1  引用例1記載の技術内容について

原告は、本件発明と引用例1の実施例技術は、熱媒液の液温と比較されるべき温度が、本件発明では「熱交換器から出た負荷液体の液温」であるのに対し、引用例1記載の実施例技術では「ガス溜室下部の温度」である点において相違するにすぎないが、引用例1の実施例の「ガス溜室下部の温度」を「熱交換器から出た負荷液体の液温」に置き換えることは当業者ならば容易に想到し得た事項にすぎない旨主張する。

しかしながら、本件発明は「熱交換器を循環する負荷液体の流量が負荷によって刻々変化する減圧ボイラ」を対象とするものであるが、このようなタイプの減圧ボイラにおいて熱媒液の液温と比較されるべき温度を「熱交換器から出た負荷液体の液温」とする構成を得るためには、「負荷液体の循環流量の増減等、熱交換率の低下以外の原因で負荷液体の温度が低下する場合、これに対応して熱媒液温度も低下し、両者の温度差はほとんど変化しない」(本件公報9欄35行ないし38行)という斬新な知見を有することが必要である。現に、本件発明の特許出願前においては、「熱交換器を循環する負荷液体の流量が負荷によって刻々変化する減圧ボイラ」においては、熱交換器から出た負荷液体の液温は熱交換器に入る負荷液体の流量及び液温の影響を受けるから、正確な抽気を行うためには、熱交換器から出た負荷液体の液温のみならず、熱交換器に入る負荷液体の流量及び液温をも検出し得る複雑な制御装置が必要であると考えられていたのである。

本件発明は、前記タイプの減圧ボイラにおいて、<1> 無駄な抽気をなくして抽気頻度を減らし、<2> 抽気装置の誤作動をなくし、<3> ガス溜室を設けることの問題点を解消することを技術的課題(目的)とし、前記の斬新な知見を得て、熱媒液の液温と比較されるべき温度を「熱交換器から出た負荷液体の液温」とする構成を採用したものである。

しかるに、引用例1にはこのような知見は示唆すらされていないのみならず、負荷液体の流量の変化に伴う液温の変動についての問題意識自体がみられない。そもそも、本件発明が減圧ボイラの熱交換率の低下を負荷液体の液温に基づいて検出するという直接的な方法であるのに対し、引用例1記載の発明は、非凝縮性ガス検出の便宜のためのガス溜室をわざわざ設け、ガス溜室に溜まった非凝縮性ガスの量に基づいて熱交換率の低下を検出するという間接的な方法であって、両者の間には技術的思想として明確な隔たりがあるから、引用例1の実施例技術の「ガス溜室下部の温度」を「熱交換器から出た負荷液体の液温」に置き換えることは当業者ならば容易に想到し得たという原告の前記主張は、本件発明の特許出願前の技術水準を無視するものであって、失当である。

そして、本件発明は、上記のように直接的な検出方法に基づいて、熱交換率が実際に低下した時にのみ抽気作業を行うため、熱ロス及び熱媒液のロスを格段に少なくすることができ、また、負荷液体の流量の変化を検出する必要がないため、液温差の設定も最初に一度行うだけで済む。このように顕著な作用効果は、引用例1記載の発明からはとうてい予測し得なかったものである。

この点について、原告は、本件発明の構成のみでは多量の負荷液体が急激に供給された場合に設定液温差ΔT以上の液温差を検出することが避けられない旨主張するが、そのような事態は、設定液温差ΔTをやや大きな値に設定すれば解決し得ることにすぎない。

また、原告は、本件発明には抽気終了の条件が規定されていないので、抽気の断続が頻繁に行われるおそれがある旨主張するが、ボイラ本体の容積あるいは抽気装置の能力等に応じて抽気作動時間を適宜に設定すべきことは当然であるから、原告の上記主張も当たらない。

2  引用例2記載の技術内容について

原告は、引用例2には「循環加熱器の還流液の温度を測定する感温器」が記載されているから、そのような「感温器」を引用例1の実施例技術に適用することは当業者にとって容易であった旨主張する。

しかしながら、引用例2には「熱媒液の温度を測定する感温器と循環加熱器の還流液の温度を測定する感温器とを設け、(中略)これらの測定値の所定境界値を超過又は下回ると自動的に排気作動を開始する手段」が記載されているのであって、「これらの測定値の所定境界値」、すなわち「熱媒液の温度の所定境界値」と「循環加熱器の還流液の温度の所定境界値」は、それぞれ固定的に設定される。そして、引用例2記載の発明は、熱媒液の温度の測定値がその所定境界値を超過し、かつ、循環加熱器の還流液の温度の測定値がその所定境界値を下回ったときにのみ、抽気作動が開始される(したがって、例えば、循環加熱器の還流液の温度の測定値がその所定境界値を下回っても、熱媒液の温度の測定値がその所定境界値を超過しない限り、抽気作動は開始しない)ものである。そして、引用例2には、負荷液体の循環流量の増減等による熱媒液温度の変動という現象の問題認識はなく、本件発明の根幹をなす前記1で述べた知見について記載も示唆も存しない。したがって、引用例2記載の発明は、熱媒液の液温と熱交換器から出た負荷液体の液温との「温度差」に基づいて抽気作動を開始するものとは技術的思想を異にするから、引用例2記載の発明の構成から「循環加熱器の還流液の温度を測定する感温器」のみを抜き出し、これを引用例1の実施例技術に通用しても、本件発明に係る構成を得ることはできない。

この点について、原告は、引用例2記載の「負圧状態の測定値」が原文において単数で記載されていることから明らかなように、「循環加熱器の還流液の温度に対する熱媒液の温度の関係」とは、2つの温度から導き出される1つの値であるが、この「1つの値」として「温度差」を選択することは極めて自然である旨主張する。

しかしながら、引用例2の4欄54行の「measurement value」が「温度状態及び/又は圧力状態」をも指していることから明らかなように、同欄58行、59行の「the measurement value」は単数ではなく不加算名詞と解すべきであるし、引用例2の5欄5行、6行の「the relationship」が「温度値」と「圧力値」の関係を指し、「1つの値」であり得ないことから明らかなように、4欄64行の「the relationship」が「1つの値」である必然性はない。したがって、引用例2記載の「循環加熱器の還流液の温度に対する熱媒液の温度の関係」としては「温度差」を選択するのが自然であるという原告の上記主張は当たらない。

第4  証拠関係

証拠関係は、本件訴訟記録中の書証目録記載のとおりであるから、これをここに引用する。

理由

第1  請求原因1(特許庁における手続の経緯)、2(本件発明の要旨)3(審決の理由の要点)、及び、各引用例に審決認定の技術的事項が記載されていることは、いずれも当事者間に争いがない。

第2  そこで、原告主張の審決取消事由の当否を検討する。

1  成立に争いのない甲第2号証(特許出願公告公報)によれば、本件明細書には本件発明の技術的課題(目的)、構成及び作用効果が次のように記載されていることが認められる(別紙図面A参照)。

(1)技術的課題(目的)

本件発明は、貯湯槽や浴槽等へ種々の温度と流量の負荷液体を循環するための減圧ボイラにおける、自動抽気方法及び自動抽気装置に関するものである(4欄38行ないし41行)。

減圧ボイラは、気相部に溜まる非凝縮気体を真空ポンプで抽気するか、熱媒液を加熱し多量の蒸気を発生させ非凝縮気体を排出して減圧状態にし、低沸点で運転するものである。しかし、熱媒蒸気の分解によって発生する水素ガス、あるいは、機器接続部分や溶接継手部分から侵入する空気等の非凝縮気体が、気相部に少しずつ溜まって、ボイラの能力ないし効率低下の原因となる(5欄3行ないし11行)。

これを防ぐためには非凝縮気体を抽気する必要があるが、自動抽気方法あるいは自動抽気装置には各種のものが存在する。例えば、引用例1記載の発明は、気相部の頂部に連通させたガス検出室に温度センサーを設け、ガス検出室に非凝縮気体が溜まることによって温度センサーで検出される温度が、熱媒液の液温センサーで検出される温度よりも一定温度以上低下した場合に、抽気用ポンプを作動させて非凝縮気体を排出するものである(5欄12行ないし22行)。しかしながら、引用例1記載の発明では、ガス検出室が気相部頂部に連通しているため、熱媒液の蒸気よりも軽い水素ガスのみがガス検出室に溜まり、空気等の重いガスは気相部において蒸気との混合伏態になるので、後者の検出が困難である。しかも、気相部にほとんど非凝縮気体が溜まっていなくとも、気相部に比べて小容量のガス検出室に非凝縮気体が溜まれば必ず一定量の抽気をすることになるから、多量の熱ロス及び熱媒液のロスが避けられないとう欠点がある(5欄27行ないし36行)。

そこで、熱交換器の出口側の負荷液体の液温を検出し、この温度が一定以上低下した場合に抽気する方法が考えられる。しかしながら、この方法では、負荷液体の循環開始時や、循環流量の増加による温度低下と、非凝縮気体による温度低下とを判別できない結果、非凝縮気体の滞溜がないのに、抽気を繰り返す誤動作を避けることができない(5欄37行ないし6欄1行)。

本件発明の目的は、抽気装置の誤動作と無駄な抽気をなくし、抽気頻度を減らすことによって、抽気に伴う熱ロス及び熱媒液のロスを解消することである(4欄42行ないし5欄1行)。

(2)構成

上記の目的を達成するために、本件発明は、その要旨とする構成を採用したものである(1欄2行ないし15行、3欄3行ないし20行)。

すなわち、加熱装置で熱媒液を加熱状態にし、熱媒液と負荷液体の液温差が設定液温差以上になった場合に、抽気装置を作動させるものである(6欄3行ないし6行)。

(3)作用効果

本件発明によれば、かなり多くの非凝縮気体が気相部に溜まって熱交換器の熱交換機能を損なうようになった場合にのみ抽気することになるので、従来技術のように安全サイドで早目に抽気作動させる必要がなく、抽気の頻度が大幅に少なくなり、したがって抽気に伴う熱ロス及び熱媒液のロスが格段に少なくなって、ボイラ運転コストが安価になる(10欄4行ないし13行)。

しかも、負荷液体の循環流量等、熱交換効率の低下以外の原因で負荷液体の温度が低下する場合、これに対応して熱媒液の温度も低下し、両者の温度差はほとんど変化しないため、誤って抽気することがないのみならず、差温の設定も最初に一度行うだけの簡単な調整で済む(9欄35行ないし10欄3行)。

2  引用例1記載の技術内容について

原告は、引用例1の実施例技術において熱媒液の液温と比較されている「ガス溜室下部の温度」は熱交換率低下の指標として捉えられているのであるから、これを熱交換率低下をより直截に示す「熱交換器から出た負荷液体の液温」に置き換えることは当業者ならば容易に想到し得た事項にすぎない旨主張する(なお、本件発明と引用例1の実施例技術とが、熱媒液の液温と比較されるべき温度の測定箇所において上記の点で相違するにすぎないことは、被告も争わないところと認められる。)。

検討するに、熱交換率とは凝縮気体を介して行われる熱媒液と負荷液体との間の熱量移動の効率であるが、抽気を必要としない正常状態の熱交換においても、負荷液体の入口温度及び流量が変動すると、熱媒液の液温及び負荷液体の出口温度が変化すること、したがって、負荷液体の流量が変動する限りは熱媒液の液温と負荷液体の出口温度との温度差が一義的に定まらないことは、減圧ボイラの技術分野における技術常識というべきである。

ところで、一般にプロセス制御においては、プロセスの状態把握に最適のデータを検出する必要があり、外乱の影響や応答時間の遅れが大きいデータがプロセス制御のデータとして不適切であることは当然である。したがって、減圧ボイラの抽気制御における検出データとして熱媒液の液温と負荷液体の出口温度との温度差を選択することは、上記技術常識からすれば不適切と認識されるのが通常と考えざるを得ないのであって、引用例1記載の発明が、わざわざガス溜室を設け、これに溜まった非凝縮性ガスの温度を検出する方法を採用しているのも、上記のような考え方によってのみ理解し得るところである。

そうすると、引用例1に本件第1発明の方法及び本件第2発明の装置について記載も示唆もないとした点についての審決の認定は正当であって、原告がいうように「ガス溜室下部の温度」と比較すると「熱交換器から出た負荷液体の液温」がより直截に熱交換率の低下を示すとしても、引用例1の実施例技術において熱媒液の液温と比較されている「ガス溜室下部の温度」を「熱交換器から出た負荷液体の液温」に置き換えることは、当業者といえども容易に想到し得た事項と判断することはできない。

3  引用例2記載の技術内容について

原告は、引用例2には「循環加熱器の還流液の温度を測定する感温器」が記載されているから、そのような「感温器」を引用例1の実施例技術に通用して本件第1発明の方法あるいは本件第2発明の装置に想到することは容易であること、及び、引用例2記載の「循環加熱器の還流液の温度に対する熱媒液の温度の関係」として「温度差」を選択することは極めて自然である旨主張する。

検討するに、成立に争いのない甲第4号証によれば、引用例2記載の発明は「1以上の液体を加熱するための負圧蒸気装置の負圧を発生、維持又は回復する方法及び装置」(1欄11行ないし5行)に関するものであって、その明細書には次のような記載が存在することが認められる(別紙図面C参照)。

a  「負圧蒸気原理により作動する装置において、負圧を発生、維持又は回復する改良された方法及び装置を(中略)提供することが、本発明の主たる目的である。」(2欄42行ないし48行)

b  「排気作動が、負圧状態に関する情報を提供する測定値の関数として生じ、必要に応じ自動的に生ずるように装置を構成すると有利である。」(4欄38行ないし42行)

c  「排気されるべき容器が負圧状態に関する測定値を伝える少なくとも1つの測定値送信器を備え、また、測定値の予め定められた境界値を超えるか又は境界値を下回るとき排気作動を自動的に開始する手段が設けられる。」(4欄42行ないし49行)

d  「負圧状態の測定値として、2つの温度の変動が使用でき、そのうちの1つが、排気された容器内の非凝縮性ガスのクッションが生じ得る箇所において測定され、他方が、そのようなクッションの生じない箇所において測定され」(4欄58行ないし64行)

e  「熱交換器により加熱される液体、特に循環加熱器の還流液の温度、に対する熱媒液の温度の関係を使用することができる。そのような場合、通当な箇所に配置される2個の感温器が具備される。」(4欄64行ないし5欄3行)

f  「負圧状態に基づいて排気作動を制御するため、図示する箇所に、測定値送信器又はセンサーGⅠ及びGⅡが設けられ」(6欄37行ないし40行)

g  「負圧が小さい場合、水3と負圧容器の上部との間に温度差が存在する。(中略)この温度差は、2個の別個の測定値送信器GⅠ及びGⅡにより自動的排気作動の制御のために使用される。」(7欄57行ないし65行)

h  「GⅠと同じくGⅡを温度感知の測定値送信器とし、GⅠとGⅡを排気された容器4の上方部分に配置することである(点線で示すGⅡの位置)。(中略)GⅠとGⅡは共に蒸気中にあり」(9欄17行ないし25行)

i  「GⅠとGⅡの間に生ずる温度差により、例えば、差動サーモスタットにより、換気のためいずれかの回路ヘスイッチパルスを送ることが可能である。」(9欄32行ないし36行)

j  「負圧蒸気原理により作動し、(中略)負圧を発生、維持、回復する方法であって、密封された負圧容器に過圧力が生じるまで熱媒液が加熱される工程と、過圧力が少なくとも部分的に消滅するまで、大気圧を負圧容器に短い間だけ流体連通させる工程とを含む方法」(9、10欄のクレーム1)

k  「クレーム1記載の方法において、(中略)排気作動を、負圧の状態に依存する測定値の関数として行う工程を含む方法」(10欄のクレーム7)

l  「クレーム7に記載の方法において、測定値として、(中略)被加熱液の温度に対する熱媒液の温度の関係を使用する工程を含む方法」(10欄のクレーム12)

m  「グレーム12に記載の方法において、その被加熱液が循環加熱器の還流液である方法」(10欄のクレーム13)

n  「負圧状態の測定値を伝える少なくとも1個の測定値送信器、及び測定値の所定境界値を超過又は下回ると自動的に排気作動を開始する手段を備える装置」(11欄のクレーム22)

o  「クレーム22の装置において、測定値送信器は、2個の感温器を含み、一方の感温器が熱媒液の温度を測定し、他方の感温器が(中略)被加熱液の温度を測定する装置」(12欄のクレーム31)

p  「クレーム31の装置において、他方の感温器が循環加熱器の還流液の温度を測定する装置」(12欄のクレーム32)

以上のような記載によれば、引用例2には、減圧ボイラの負圧状態に関する情報を提供する測定値として、非凝縮性ガスのクッションの影響を受ける箇所の温度と、非凝縮性ガスのクッションの影響を受けない箇所の温度とを採用し、非凝縮性ガスが滞溜するとこの2箇所の測定値に有意の差が生ずることを利用して、これらの測定値の関数として排気作動を開始する技術が開示されていることが明らかである。そして、2箇所の温度測定対象とその温度差検出の方式として、下記の5組の実施例が開示されていることになる。

<1> 循環加熱器の還流液の温度と、熱媒液の温度との関係(b、e、k、l、m)

<2> 循環加熱器の還流液の温度と、熱媒液の温度の、それぞれの所定境界値における変化(c、n、o、p)

<3> 負圧容器上部の温度と、熱媒液の温度の、それぞれの所定境界値における変化(c、d、f、g)

<4> 負圧容器上部の気体中における特定の2箇所の温度の、それぞれの所定境界値における変化(c、d、h)

<5> 負圧容器上部の気体中における特定の2箇所の温度の、温度差の変化(b、h、i)

上記<2>ないし<4>が、異なる液あるいは異なる箇所において測定された2つの温度の、それぞれの所定境界値における変化を排気作動開始の指標としているのに対し、<5>は異なる箇所において測定された2つの温度の温度差の変化を排気作動開始の指標としているが、引用例2においては、これらは同列の技術的意義を有するものとして扱われていると考えられる。そうすると、上記<1>の「循環加熱器の還流液の温度と、熱媒液の温度との関係」を、被告主張のように「循環加熱器の還流液の温度と、熱媒液の温度の、それぞれの所定境界値における変化」と捉えることも、原告主張のように「循環加熱器の還流液の温度と、熱媒液の温度の、温度差の変化」と捉えることも可能であるから、引用例2には、「循環加熱器の還流液の温度と、熱媒液の温度の、温度差の変化」を排気作動開始の指標とすることが開示されているというべきである。

したがって、審決は、引用例2に記載されている「環流液の温度に対する熱媒液の温度の関係を利用することができる」という技術内容を看過した結果、引用例2には本件第1発明の方法あるいは本件第2発明の装置が記載されているとは認められないと誤って認定したものというべきである。

4  引用例1記載の発明と引用例2記載の発明との組合わせによる本件発明の予測性について

審決認定の引用例1記載の技術内容及び前記1の認定事実によれば、本件発明と引用例1記載の発明とは、ボイラ内気相部に熱交換率の低下を来す非凝縮気体が溜まると、非凝縮気体の影響を受けてボイラ内に比較的大きな温度差が生ずることに着目して、設定温度差以上を検出すると抽気装置を作動させて非凝縮気体を排出し、熱交換機能の回復を図るという基本的技術思想を同じくするものであり、また、引用例2記載の発明は、前記3認定のとおり、1以上の液体を加熱するための負圧蒸気装置の負圧を発生、維持又は回復する方法及び装置であって、同じ技術分野に属することが明らかである。

したがって、引用例1の実施例技術において、熱媒液の液温と比較されている「ガス溜室下部の温度」を、引用例2に開示されている「循環加熱器の環流液の温度」に置換して、本件発明と同一の方法及び装置を得ることは、当業者であれば容易に想到し得た事項であるというべきである。

この点について、被告は、本件発明は前記タイプの減圧ボイラにおいて、<1> 無駄な抽気をなくして抽気頻度を減らし、<2> 抽気装置の誤作動をなくし、<3> ガス溜室を設けることの問題点を解消することを技術的課題(目的)とし、「負荷液体の循環流量の増減等、熱交換率の低下以外の原因で負荷液体の温度が低下する場合、これに対応して熱媒液温度も低下し、両者の温度差はほとんど変化しない」という斬新な知見を得て、熱媒液の液温と比較されるべき温度を「熱交換器から出た負荷液体の液温」とする構成を採用したものであるのに対し、各引用例にはこのような技術的課題も知見も記載ないし示唆されていないから、技術的課題の予測可能性を欠き、また、本件発明はこの構成により各引用例記載の発明からは予測することのできない顕著な作用効果を奏するものである旨主張する。

前掲甲第3号証によれば、引用例1には被告主張の本件発明の技術的課題が開示ないし示唆されているとは認められない。しかしながら、両者は、ボイラ内気相部に熱交換率の低下を来す非凝縮気体が溜まると生ずる温度差に着目して、設定温度差以上を検出することにより抽気装置を作動させて非凝縮気体を排出し、熱交換機能の回復を図るという基本的技術思想を同じくするものであり、また、引用例2には、同発明は1以上の液体を加熱するための負圧蒸気装置の負圧を発生、維持又は回復する方法及び装置の提供を目的とすること、一般に、排気作動が負圧状態に関する情報を提供する測定値の関数として生じ、必要に応じて自動的に生ずるように装置を構成すると有利であることが記載され、かつ、2箇所の温度測定対象とその温度差検出の方式に関する実施例の記載から「循環加熱器の環流液の温度と、熱媒液の温度の、温度差の変化」を排気作動開始の指標とすることが開示されていると理解できること前記3のとおりであるから、これらの記載事項を総合すると、当業者であれば、引用例2記載の発明において上記のような温度差検出方式が採用されることによって本件発明の前記技術的課題と同一の課題が解決されることは容易に理解できるというべきであって、技術的課題の予測困難を理由に本件発明の進歩性を肯定することはできない。

また、本件発明における循環加熱器の環流液の温度と熱媒液の温度の温度差の変化を検出し、熱交換率の低下を直接的に検出することによって奏される前記1(3)認定の作用効果は、引用例2記載の発明から予測される範囲内めものにすぎないから、これをもって各引用例記載の発明から予測できない格別の作用効果とすることはできない。

したがって、本件発明は、引用例1及び引用例2記載の発明に基づいて、当業者において容易に発明をすることができたものというべきであるから、「原告が主張する理由及び提出した証拠方法によっては、本件発明が特許法29条2項の規定により特許を受けることができないとすることはできない」とした審決の判断は誤りであり、審決にはその結論に影響を及ぼす違法がある。

第3  よって、審決の取消しを求める原告の本訴請求は正当であるからこれを認容することとし、訴訟費用の負担について行政事件訴訟法7条、民事訴訟法89条の各規定を通用して、主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官 竹田稔 裁判官 春日民雄 裁判官 持本健司)

別紙図面A

1……減圧ボイラ、1a……ボイラ本体、2……加熱装置、3……熱交換器、3a……液体循環路、3b……循環ボンプ、4……加熱負荷器、5……抽気路、5a……抽気弁、5b……真空ポンプ、6……温度検出装置、8……抽気制御袋置、10……差温検出装置、20……圧力スイツチ、E……抽気装置、X2……抽気装置の入力用スイッチ接点、P0……設定圧力、t1、t2……各々タイマーTM1、TM2の設疋時間、T0……温度検出度置6の設定温度、ΔT……設定液温差。

<省略>

別紙図面B

<省略>

1……熱媒液、2……密閉容器、6……ガス溜室、8……導管、13……ガス排出装置、15…測温装置。

別紙図面C

<省略>

<省略>

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